修士課程のメモ帳

理系職に就くための免状を取るライフログ

6年の歳月を超えて、18才の努力は25才の心を支え合っている。

浪人生活の苦楽を「面識なく」共にしてきた友人と言ってもいい人達が数人いる。「面識なく」というのはブログ上でやりとりしていたことを意味しており、予備校の講習や受験などで顔を合わしたことは一度もなかった。ただひたすら勉強するだけの生活の中で互いに励まし合ったり、模試の成績をせーの!で写メで見せ合ったり、質は予備校の授業と教材で相当のものが保証されているという前提のもと、勉強時間を競い合ったりした仲だった。そして僕はいつも勉強時間がドベだった。

 

数人の中で1人だけ第一志望の大学学部学科に合格したものの、他はみんな何かしらの妥協と悔しさを抱え大学生になった。そして浪人生活で得た何かを糧にしたかしてないか知らないが、各々の大学生活を始めるうちにあっという間に疎遠になった。

 

 

僕はと言えば、受験失敗から軽い鬱病状態になり一時期大学にまともに行かず留年した。典型的なクズである。そして留年したにも関わらず営業職や事務職は嫌だと院に進学した。親泣かせもいいところの清々しいクズである。計7年にも及ぶモラトリアムの現在6年半になろうというところである。

 

そんな今、たまたま当時の頭空っぽな努力生活を振り返りたくなって自分のかつてのブログを覗いたら、友達のブログのリンクを丁寧に貼っていたこともあり偶然にも1人と連絡がついた。勉強時間レースで毎日13時間以上していて、いつもトップを走り続けていた人だった。「ガッツ、謙虚、笑顔」がモットーの努力家だった人だ。

そしてそんな優秀な努力家がまさか僕と同じ学年で学生をやっていた。

 

 

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互いに就活も済んでいることもあり、6年越しのオフ会と相成った。

 

社会人になってからの姿とか結婚とか将来の生活に対する野心も少し話したが、互いの就職先がどうとか、プライベート含めて学生生活どうだったとか、大人になるにつれてがむしゃらさに欠ける自分が悔しいとか、浪人生活の時の充足感が恋しいとか、そんな後ろめたさを感じる話をずっとたくさんした。互いに今の生活に満足しておらず、満足していた当時の人から当時感じた刺激が欲しくて、何かを思い出したくて、カフェで、海沿いで、食事処でそこそこ色々と喋った。ひたすら喋った訳では無いのは初対面で人見知りな所為だと思っている。

 

向こうが今回何を感じたかは分からないが、僕は彼女の現在の生活から直接刺激を受けることは残念ながらなかった。ただやはり当時の互いの生活と今の自分を三重に重ね合わせることは刺激になった。

 

 

 

「若いうちの苦労は買ってでもせよ」という諺があるが、その諺の真意は勿論経験値的な意味合いが大きいだろうが、僕は年を経た時に昔の自分を回顧することで精神を引き締められることが最も重要ではないかと考えている。今、過去を思い出しながら奮い立たせ行う苦労は、社会人になってからの糧になってくれるのであろうと信じている。そして僕は当時敵わない好敵手として刺激を受けた友達に、漠然とした将来をもがき不安を払拭できる活力を与えられる存在に成りたいと思い、まだまだ頑張れるし頑張っていきたいと感じた。